「気づかせてくれた人」
「ゆっくり買い物に出るのも久しぶりだな。」
お店に入って一言がそれだった。
今いるのは、大手のファッションショップだった。
名前は「LOOKS」だったと思う。
お店の中は流行のヒップホップなどが流れていた。
このお店に来た理由は今度の転校に関係ある。
あの、ファイルを読み直しているときにある項目に気づいた。
(転校先の学校は私服登校である。)
とのことであった。
普段、自分は学校と自宅の往復であまり外出しないうえ、買出しなどはあまり行かなかった。
生活必需品は、陽美さんに任せたのだが、服のほうはどうしようか悩んでいた。
知り合いって言っても、そんなことを話す人はいなかったから。
しかし、今ここにいる理由も雅さんのおかげなんだよな。
二日前の木曜日...
「ただいま」
その声に答えるようにパタパタと、スリッパを音立てながら近づいてきた。
「お帰りなさい。圭祐さん。」
いつもと変わらない声で雅さんが迎えてくれた。
服の上にエプロンをつけて夕食を作っている様子だった。
「今日はハンバーグですよ。今ソースをじっくり煮込んでます。」
奥のキッチンからは、玄関からも煮込んだソースの匂いが鼻をくすぐった。
「そういえば、転校の準備は進んでいますか?」
「ええ、順調ですよ。学校で書く書類も8割方終わりましたし...」
「引越しに必要なものも用意できてますか?」
「大体の必需品は陽美さんに任せています。僕が見てもわからないことがありますから。」
「でも、全部任せてばっかりってわけにはいきませんよね。」
「それは、そうですけど...他に用意するものはいったい。」
「そこでなんですけど。黙ってファイル読ませていただきました。そのときにある項目に気づいたんですね。」
そうやって、部屋においていたファイルを後ろから出してきた。
なぜ後ろから出せたのは不明だが...
「ここの項目を見てください。」
そういって、ページを開きあるページを示してきた。
(転校先の学校は私服登校である。)
その項目にはしっかりと蛍光ペンでマーキングまでされてあった。
「そこで、これもどうぞ。」
といって、後ろからもうひとつ何かを取り出してきた。
それは、ファッション雑誌であった。
「転校先が私服登校と知りましたからよいかと思いまして。」
僕はそれを受け取りパラパラページをめくってみた。
どのページにもストリートでその空気を楽しんでいるような服装で、きめている人たちばっかりだった。
自分とはぜんぜん違う人たち。
僕にはないものをもっている人たち。
「しかし、自分にはちょっと派手かもしれませんね。」
そんなにすんなりは受け入れられなかった。
自分を壊すということは...怖い。
「まあ、派手すぎますね。でも、このままでもいけないと思いますよ。」
強気に押してくる雅さんであった。
「圭祐さん。TPOという言葉はご存知ですよね。」
「ええ、時と場合によっていろいろ物事に対応することですよね。」
「その通りです。だからこそ、少しずつでも慣れようとやってみることが大切だと思いますよ。とくに、圭祐さんは一歩引きがちです。気持ちは分からないでもないですが、まずは何かを踏み出してみないと。」
「そうですね。では、その本貸していただけないでしょうか?」
「いいですよ。」
そういって、僕に本を渡してくれた。
もう一度ページをめくって見た。
やはりそこにはさっきと変わりない人たちが、いろいろなファッションを着こなしていた。
でも、それは自分と違う世界ではなかった。
少しでも進みたいという気持ちがあれば、これらに近づけるんだって。
今、気づいたから。
あれから、自分なりにファッションの研究をしてみた。
あのままそれらをまねするだけでは、自分を表せないと、言う考えからであった。
それに、田舎に行くにしては派手すぎる部分もある。
それらを考えつつ、いろいろ服を選んでいる最中だった。
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